臍帯血中の造血幹細胞の増幅技術の確立に関する研究

研究の背景

造血幹細胞移植は当初、骨髄細胞のみが移植細胞の供給源であり、長らく造血幹細胞移植=骨髄移植 (Bone Marrow Transplantation: BMT)であったが、末梢血中に造血幹細胞が流出する状態があることが知られ、末梢血造血幹細胞移植 (Peripheral Blood Stem Cell Transplantation: PBSCT)が行われるようになった。BMTに対してPBSCTは採取に手術が不要であり好中球回復が早い、というメリットがあり急速に施行数が増加した。しかし、どちらの移植形態であってもドナーに対し、手術あるいはG-CSF投与という負担をかける。実際に骨髄採取では、4例(海外3、国内1)のドナー死亡が、末梢血幹細胞採取に際しては、心筋梗塞・脳血管障害・脾破裂などの重篤な合併症が報告されている 1)。BMT, PBSCTいずれにしても自家移植以外の幹細胞を使用する場合必ずドナーに何らかの負担を要し、故に骨髄あるいは末梢血幹細胞の供給が拒否されることは稀ではない。
さらに、造血幹細胞移植においては、レシピエント(=幹細胞を受け取る側=患者)とドナー(幹細胞提供者)の組織適合性が合致している必要性がある。組織適合性を支配しているのは、Human Leukocyte Antigen: HLAと呼ばれる蛋白である。HLAは、HLA-A, B, DRの3種類、(父母由来の1組ずつがあるので、2x3=)6つの抗原が合致する必要があると言われてきた。更に、近年日本の移植成績では、これに加えてHLA-C座の重要性が報告されており、8抗原の一致率が高い必要性が言われている2,3)。近年は少子高齢化が進み、若年者においては兄弟が少ないため、高齢者においてはドナーも高齢であるため兄弟間での移植が実施されにくい現状にある。非血縁者間骨髄移植については、HLAの不適合・ドナーの提供中断(理由は明らかにされない)により患者登録累積数 24106名に対して、実際の移植累積数は8965名であり、移植が行われたのは37.2%にとどまっている 4)。
臍帯血は、分娩の際に捨てられる胎盤と臍帯(へその緒)の中に含まれる血液である。臍帯血に造血幹細胞が含まれることは中畑らにより1982年に明らかにされた5)。その後、徐々に臍帯血を利用した造血幹細胞移植は増加したが、わが国では平成11年(1999年)8月に国の後押しを受け臍帯血バンクのネットワーク化が行われ(日本さい帯血バンクネットワーク設立)、2000年9月にインターネット上でドナー検索が可能となると急速に普及が進んだ。臍帯血を造血細胞源とした移植のメリットは、ドナーに負担がかからないこと、臍帯血は凍結保存されており、且つドナーの都合を考慮する必要が無いために迅速な細胞確保が可能であること、患者の状態に応じ適切な時期に解凍して移植が施行できるという大きな利点がある6)。さらに、臍帯血は抗原に対して免疫学的に寛容度が高いと考えられHLAの不一致があってもBMT, PBSCTに比較すれば移植片対宿主病が生じにくいとされている7-10)。
臍帯血移植では造血再構築に細胞数が関与することが明らかとなっている。非血縁者からの臍帯血移植においては、レシピエントの体重あたり最低限で2x107/Kgの細胞数が必要とされている11)。成人の体重ではHLAの適合度が4/6(レシピエントとドナーのそれぞれ6つのHLA抗原の内、4つが一致しているという意味)以上である臍帯血を選択しようとすると細胞数の不足するために移植が受けられない、という事態はしばしば経験される。
成人臍帯血移植における生着の遅延は、重篤な感染症の発生率に関与することが報告されているが、HLAのミスマッチと重篤な感染に関連はなかったとされ、
移植細胞数の多寡が関与する12)。
 
臍帯血は現在蓄積数が日本国内で30959単位(1名のドナーに由来する臍帯血=1単位)保存されている(日本さい帯血バンクネットワーク報告)。
この臍帯血資源を有効に活用し、臍帯血移植のもつ急性GVHDの少なさというメリットを最大限活かするためには臍帯血内の造血幹細胞を増幅し移植する技術の開発が望まれる。
将来的にはより安全で効率的な臍帯血移植医療の確立を目指すことを計画している。
1)         日本造血細胞移植学会集計
2)         N Engl J Med. 339:1177-85, 1998
3)         Biol Blood Marrow Transplant. 14:75-87, 2008
4)         日本骨髄移植推進財団 マンスリーレポート 2007年12月報告
5)         J Clin Invest. 70:1324-8, 1982
6)         Biol Blood Marrow Transplant 8:257-260, 2002
7)         N Engl J Med 342: 1846-1854, 2000
8)         Blood 97:2962-2971, 2001
9)         N Engl J Med 351: 12-21, 2004
10)       N Engl J Med 351: 2265-2275, 2004
11)       Current Opin Immunol 18: 565-570, 2006
12)       Biol Blood Marrow Transplant 12:734-748, 2006
13)       N Engl J Med 351:2276-2285
14)       Blood 105;1343-1347, 2005
15)       Blood 106; 578A, 2005
16)       Biol Blood Marrow Transplant 13;82-89, 2007
17)       Brit J Haematol 143: 404-408, 2008
 
研究の目的

研究者らは、既にヒト臍帯血から選択分離した造血幹細胞を多く含むと考えられるCD133陽性細胞を、Delta 1-Fcをコートしたプレートを使い、Stem Cell Factor (SCF), Interleukin (IL)-6/ soluble IL-6 receptor chimeric protein (FP6), Thrombopoietin, Flt-3 ligand, IL- 3 とbovine serum albumin (BSA)を培養し、Nonobese diabetic (NOD) / Severe Combined Immunodeficient (SCID) mouse用いScid repopulating cells として5.8倍、CFU-mixとして約240倍に増させることに成功している 1)。
本技術を実際の臨床に応用するためには、
①冷凍して保存されている臍帯血を解凍し、CD133陽性細胞に分離する必要性があり、解凍・洗浄操作による造血幹細胞増幅への影響を確認する、
②ウシ海綿状脳炎の原因となるプリオンの混入を排除するためにBSAをhuman albumin(hAlb)として培養を行う、
③臨床スケールでの培養を行い、幹細胞の増殖が最も効率よく行われる条件を設定する、
④培養による細菌・ウイルス・マイコプラズマ増殖、不死化能を有する細胞の増殖がないことを確認する
必要がある。
1)Stem Cells 24: 2456-2465, 2006
 
研究がもたらす医学的貢献の予測

本研究は、引き続く臨床研究への基礎検討となるものであり臍帯血移植の安全性を高めることに貢献することが予測される。
 
 
本研究の出口

本研究は、幹細胞を増殖させた臍帯血による臍帯血移植の安全性向上の臨床研究、に引き継がれ、同臨床研究での細胞処理の基礎資料となる。